写真で振り返る2018年

年の瀬なので、今年撮った写真を見ながら、一年のあれこれをふりかえってみる。
昨年から引き続きうつわにはまっているので、ほとんどが食卓の写真になってしまった。

1月

今年は職場で深夜作業の準備をしている内に、ぬるっと年越ししていた。昼頃家に帰って、時差ぼけ状態のまま、準備しておいたおせちとお雑煮を食べた。
ワンプレートおせち

2月

友人に誘ってもらって、水戸の徳川ミュージアムに刀剣を見に行った。「ピカピカできれいだな」というバカみたいな感想を抱いた。
徳川ミュージアム

3月

友人夫婦が泊まりに来て、一緒に神田松之丞のラジオイベントに行った。初めてちゃんと聴いた講談はものすごい迫力で、一人芝居の舞台を観ているようだった。写真は友人が予約して買ってくれた「ON THE DISH」のパン。
あんぱんとカンパーニュ

4月

土曜の夜に2時間でやっていた「ウィークエンドシャッフル」というラジオ番組が終わり、平日夜の3時間番組「アフター6ジャンクション」に生まれ変わった。毎週2時間だったものが15時間に増えたので、これだけでかなりの時間が奪われて、更にその番組の中で面白そうな本や映画や展覧会などが紹介されてしまうので時間がない。嬉しい悲鳴。
写真はある日のそうめん。
ツナトマトそうめん

5月

5月は写真が残っていなかった。RHYMESTER主催の「人間交差点」に参加し、初めて雨の野外フェスを体験。ずぶ濡れになったけど楽しかった。

6月

昨年から楽しみにしていたジョンソン&ジャクソンの「ニューレッスン」を観劇。ブルー&スカイ×大倉孝二×池谷のぶえ×いとうせいこうという座組みは、私にとってのアベンジャーズだ。いつも通り最高にナンセンスだったが、一緒に行った友人が「こんな舞台を好きだなんて頭おかしい」と思っているのではという心配をしながら観ていた。
写真は、夏になると週2で食べてしまう豚と茄子のポン酢炒め。
豚と茄子のポン酢炒め

7月

ここから写真の質感が変わる。9年ぶりに一眼レフを新調したのだ。
新しいカメラの性能を試す意味で、動きのある被写体を撮りに行きたいところだが、全てのやる気を削ぐ猛暑のせいで、相変わらず食卓ばかり撮影していた。
ソーセージとシードル

8月

引き続きの猛暑。夏らしいイベントとしては、友人を招いて家のベランダから花火を観たくらいか。「来年の花火までに三脚を買おうかな」とぼんやり思った。
鯖の梅煮

9月

実家で採れたニンニクを、醤油とオイルに漬けて保存。風邪を引いたら長引くようになってきて、年齢を感じた。
ニンニクの保存

10月

ずっと気になっていた佐々木康弘さんのお皿を手に入れたので、豚の生姜焼き定食。この辺りから、健康のことも考えて会社帰りに歩くようにした。
豚の生姜焼

11月

父親が作ってくれていたモツ煮込み思い出して、ネットのレシピで作ってみたのだが、思い出の味には勝てなかった。人生初の人間ドックで、胃カメラを飲んだ。
モツ煮込み

12月

関西へ旅行に行ったり、母親と三溪園に行ったり、結構アクティブな月だった。写真はいつかのポトフ。デザートは実家から届いたルレクチェだ。洋梨は断然ルレクチェ派。
ポトフ

番外編

今年は初めて宝塚大劇場で観劇したのだが、前日に奈良に1泊して古墳巡りをした。昼過ぎに飛鳥駅でレンタサイクルを借り、都合3時間くらいで4つの遺跡を巡ることができた。もし同じことをしようという方がいらしたら、必ず「電動アシスト付き」を選択することをオススメしたい。結構坂道が多いので、アシストの有無でかなり違う。
行けてない古墳もまだまだあるし、壷阪寺の涅槃仏も見たい。
あと、天理教の建築物にも興味があるし、奈良にはまだまだ行きたいところが多い。
奈良・宝塚旅行

まとめ

今年は食卓の写真ばかりだったので、来年はもう少しカメラを持って出歩こうと思った。
年末に東京ドームシティで開催されている「バッドアート美術館展」に行き、都築響一さんのトークショーを聴いたのだが、旅行先で素人が描いたちょっとおかしなアート作品を購入している話を聞いて、ハッとした。
私も昔はわざわざ地雷っぽい映画やドラマを観たり、ひなびた温泉街の美術館に行ったりしていたものだが、いつしか誰かが評価したものの上澄みを掬うばかりになっていた。来年は自分から掘りに行く姿勢を思い出したい。

2017年のふりかえり

久しぶりに一年をふりかえりたくなったので、blogを更新しようと思う。
今年は人生の中でも大きな変化の年だった。

父と祖父との別れ

今年の1月に父が亡くなった。
父親は昨年から闘病していて、そう長くないことは分かっていたのだが、真面目に考えなければという気持ちと、希望を捨てられない気持ちがせめぎ合っている内に、その日が来てしまった。
その点、父親は自分が居なくなった後のことをずっと考えていたのだろう。
連絡して欲しい人のリストから、家庭内LANのパスワードまで、ありとあらゆることをまとめて用意してあった。

どんな気持ちで準備していたのかと思うとつらい。
「自分がここまで思い詰めているのに、家族はのうのうとしている」と思っていたかもしれない。

唯一、救いになったのは、昨年暮れに父親に宛てて手紙を書いていたことだ。
「これこれこういうことに、とても感謝している」と伝えられたことが精神的拠り所となって、後悔の渦に飲み込まれずに済んだように思う。
父親も泣いて喜んでくれたが、自分のために書いて良かった。

4月には祖父が亡くなった。
祖父は昨年春までは元気だったが、夏前に箸を落としたり、転んだりするようになり、治療のために入院したら、一気に進行して要介護になってしまった。
私はおじいちゃんっ子で、祖父の影響をかなり受けている。
高校時代には毎日送り迎えもしてもらったし、本当に世話になった。
最期は意識の混濁も見られたけれど、穏やかで優しい祖父のままだった。

去年から今年にかけて、家族や自分の老後について考えることが増えた。
漠然とした不安に焦点を合せない様にしてきたけれど、そろそろそういう訳にもいかなくなってきた。

新ジャンルの開拓

私は人から勧められたものは、自分が知らないジャンルほど積極的に吸収するというポリシーを持っている。
去年から今年にかけて、友人の影響でアニメや2.5次元舞台に手を伸ばすことができた。
まだあまり分かっていないので違うかもしれないが、2.5次元舞台は演者がキャラになりきるところが重要で、観客も演者自身の個を見せないことを望んでいるように感じた。同じ舞台でも色々あるのだな。
私は、キャラに思い入れる力がまだまだ弱くて、どうしても演っている人の方に興味を持ってしまうが、そこはあまり前面に出て来ないのが歯がゆい。

人に勧められたものを見聞きしていると、自分の好みが分かってくるのが面白い。
今後も、誘われたら二つ返事で乗っていきたいと思う。

うつわに対する興味

今年、一番はまったのは食器だ。
写真を好きになってから随分長くなったので、何か進歩をと思い、今年は「料理を美味しそうに撮れるようになる」をテーマにしていた。
書籍でコツを勉強したり、光の向きを工夫してみたりしていたのだが、まず美味しそうなテーブルが必要だと分かった。
写真になると皿の手前の余白が大きく写るので、リムが広すぎず狭すぎずの皿を選んだり、皿の高さに変化がないとつまらないので色んな小鉢を物色したりしている内に、食器にはまってしまった。
いい食器に盛ると、何てことない料理が美味しそうに見えて満足感がある。
うつわ沼は深そうだが、収納スペースという物理的な枷があるので、何とか制御している。

結局、本来の目的の料理写真の方はあまり進歩していない。
自然光ならばそれなりに撮れるのだが、家のダイニングの照明が暗くて、夜の写真が上手く撮れないので、来年はここをどうにかしたい。

ぶり大根