紆余曲折の末に「海と山のオムレツ」を作って食べた話

投稿者: | 2025年3月31日

はじめに

カルミネ・アバーテ著、関口英子訳『海と山のオムレツ』という本を読んだ。南イタリアのカラブリア州に産まれた著者が、食をキーワードに半生を語る短編集。とにかく出てくる料理が美味しそうで、特に表題の「海と山のオムレツ」がいい。

かルミネ・アバーテ著、関口英子訳『海と山のオムレツ』の表紙

主人公が祖母の作ってくれた具沢山のオムレツをパンで挟んで海辺で食べるのだが、その時の描写が以下だ。

僕は半分に切ったパンを手でつかみ、食欲旺盛な目つきで眺めた。思い描いたとおりだった。オイルが皮まで浸みて、パンが柔らかくなっている。どこまでがオムレツでどこからがパンだかわからないほど、全体から香りを放出していた。

(中略)

僕は目をつぶり、ひと口かぶりついた。それまで食べたことのあるなかでいちばんおいしいオムレツだった。

魅力的すぎる。こんなにも食べてみたいと思わせる食べ物描写があっただろうか。私はできる限りそれらしい材料を集めて作ってみることにした。

材料を推理する

まずは材料を手に入れるところだ。文中で材料について描写されている箇所を引用する。

祖母はいちばん大きなフライパンと、自身の創作料理である〈海と山のオムレツ〉に入り用な食材を取り出した。ピガードで採れたオリーブオイルに、うちの雌鳥の卵を五、六個、腸詰め(サルシッチャ)の大きな塊、あまり辛すぎないサルデッラを大さじ二杯、オイル漬けのマグロを一切れ、赤玉葱一個、パセリ、それに胡椒と塩を少々。

(中略)

祖母が焼きたての柔らかなパン―地元で「シュティプラ」と呼ばれているパンだ―を半分に切って、オムレツを挟むのを見ているうちに、僕の口には生唾が湧いてくる。

これらをまとめると材料は以下のようになる。

  • ピガードで採れたオリーヴオイル
  • うちの雌鶏の卵を五、六個
  • 腸詰め(サルシッチャ)の大きな塊
  • あまり辛すぎないサルデッラを大さじ二杯
  • オイル漬けのマグロを一切れ
  • 赤玉葱一個
  • パセリ
  • 胡椒
  • 焼き立ての柔らかなパン(地元で「シュティプラ」と呼ばれている)

「ピガード」は別のページでも登場していて、イタリアの地名らしかった。具体的な位置は分からなかったが、南イタリア産のオリーブオイルであればいいだろう。

「うちの雌鶏の卵」は無理なので、スーパーで購入した卵を使う。

腸詰め、サルデッラ、オイル漬けのマグロあたりは自家製っぽい気がするが、難しそうなのでイタリア食材店で購入した。サルデッラとは生しらすを塩と唐辛子に漬けて作る発酵食品で、カラブリア州の名産品だそう。「あまり辛すぎない」という指定は基準が分からないので一旦無視だ。

赤玉葱はカラブリア州名産の”cipolla rossa di Tropea”という品種の可能性が高いが、日本で手に入るアーリーレッドで代用する。

パセリは多分イタリアンパセリだろう。

「シュティプラ」が一番どうしたらいいか分からない。サンドウィッチにするということで平べったいチャバッタみたいな感じかと思ったが、チャバッタは1982年に誕生したパンらしく、著者の子どもの頃にはまだ無さそう。

<要調査事項>

一体「シュティプラ」とはどんなパンなのか。日本語の検索では見つからないし、予想したスペル(shutipraとか)で検索してみてもヒットしなかった。イタリア語圏のサイトを検索するためにも、スペルを知る必要がある。

原著にあたる

「シュティプラ」のスペルを調べるためにはイタリア語の原著にあたるしかないと思った。

まず、国立国会図書館サーチで調べたとところ、全国で高知県立図書館にしか所蔵されていない。

ハードカバーで購入する場合は5000円〜7000円くらいで手に入るが、読めない本を買うにはちょっと高い。イタリアの電子書籍を買えば6.99ユーロで手に入るが、私はイタリアで使えるアカウントがない。

他に方法が無いか探したところ、九段下のイタリア文化会館の図書室にあることが分かった。

イタリア文化会館に行き、翻訳版と見比べながら「シュティプラ」のスペルを調べたところ「shtipura」だった。

早速、「shtipura pane(パンのイタリア語)」などで検索してみたが出てこない。これは実在するパンなのだろうかという疑念が浮上してきた。

原著と翻訳版との違い

せっかくなので「シュティプラ」以外の材料についても確認してみたところ、衝撃の事実が判明した。イタリア語で材料を描写している部分は以下の通り。

La nonna prese la padella più grande e gli ingredienti che le servivano per la frittata mare e monti di sua creazione: l’olio del Pigàdo, cinque uova delle galline nostre, due cucchiaiate di sardella, un trancio di tonno e qualche fungo sott’olio, una cipolla rossa, un pizzico di pepe e sale.


これをGoogle翻訳にかけると以下のようになる。

おばあさんは一番大きな鍋と、自分で作った海と山のオムレツに必要な材料を用意しました。ピガード油、鶏の卵 5 個、マイワシのスプーン 2 杯、マグロのスライスとキノコの油漬け、赤玉ねぎ、コショウと塩をひとつまみ。

翻訳版にあった、腸詰めとパセリが消え、きのこのオイル漬けが入っているのだ。

パセリはまだしも、腸詰めときのこはだいぶ違わないだろうか?

何かの間違いじゃないかと司書の方にも見てもらったのだが、やはり腸詰めではなくきのこだとのことだった。どういう意図なのか分からなくて困惑する。翻訳時に著者とやり取りする中でレシピを変更したのだろうか。個人的には「海と山のオムレツ」と言ったときの「山」にあたる材料は「腸詰め」より「きのこ」の方がしっくりくる気がするが。

<要調査事項>

  • 「シュティプラ」は「shtipura」だということが分かったが、検索してもヒットしない。どんなパンなのか。
  • 「きのこのオイル漬け」とはどんな種類のきのこを使うのか。南イタリアで一般的なきのこがあるのか。
  • 「ピガードで採れたオリーブオイル」の「Pigàdo」も検索してもヒットしないのが気になる。実在の地名なのだろうか。

Quoraへの投稿→回答なし

原著をあたったら要調査事項が増えてしまった。検索しても分からなかったのでイタリア語で質問サイトに書き込んでみることにした。勿論イタリア語は分からないので、翻訳サイト頼みである。何となく日本語→イタリア語よりも、英語→イタリア語の方が精度が高そうな気がしたので、一旦英語の質問を作ってからイタリア語に変換した。

Potresti indicarmi gli ingredienti per “La frittata mare e monti”?

知らない言語で投稿するというのは結構勇気のいる作業で、緊張しながらpostボタンを押したのだが、待てど暮せど回答がつかなかった。質問サイト自体、日本語でも使ったことがないので、お作法がなってなかったのだろうか。

作ってみる

調査の方は手詰まり感があるので、とりあえず作ってみることにした。翻訳版と原著版があるが、この際両方作ればよいのだ。

翻訳版と原著版の材料を整理すると、以下のようになる。

翻訳版と原著版の材料一覧

◎共通

  • オリーヴオイル
  • サルデッラ
  • オイル漬けのマグロ
  • 赤玉葱
  • 胡椒
  • 焼き立ての柔らかなパン

◎翻訳版

  • 腸詰め(サルシッチャ)
  • パセリ

◎原著版

  • きのこのオイル漬け

自家製のきのこのオイル漬け

きのこのオイル漬けに関しては、質問サイトで訊いても誰も答えてくれなかったので、雰囲気で作った。しめじと舞茸としいたけを、ニンニクと赤唐辛子とローリエを入れたオリーブオイルで炒めて、塩で味付けして、オリーブオイルに漬けた。まあ、大きくハズレてはいないだろう。

石窯イギリスパン

一番の問題だった「シュティプラ」は、全く分からないのでスーパーで油の吸い込みが良さそうなパンを買ってきた。名前に「イギリス」って入っちゃってるけど、まあいいだろう。

あとは全ての材料を細かく切って卵に入れて焼くだけだ。共通の材料を混ぜた後で二等分して、翻訳版と原著版を作った。

翻訳版 vs. 原著版

まずは翻訳版を作って食べてみる。

翻訳版の海と山のオムレツ

翻訳版の海と山のオムレツのサンドイッチ

サルデッラでオレンジがかった卵に、イタリアンパセリの緑が映える。食べてみると腸詰めに入っているフェンネルシードの風味が効いていて、異国の味で美味しかった。材料のところで「腸詰め(サルシッチャ)の大きな塊」と書かれていたので結構多めに入れたら、腸詰めのスパイスが味の決め手になってしまったかもしれない。

お次は原著版だ。

原著版の海と山のオムレツ
原著版の海と山のオムレツのサンドイッチ

正直見た目は地味。そしてこちらもきのこのオイル漬けに入れたニンニクがかなり効いている。何だか本筋と違うところでの戦いになっている気がしてならない。ただこちらは頬張ったときにキノコから出てくる水分がうまい。このエキスの分だけ、原著版の方が好きかもしれない。

ここからは想像で適当なことを書くが、食べ物の旨味成分は主にグルタミン酸、イノシン酸、グアニル酸の3種類があって、それを組み合わせると相乗効果で旨味を多く感じると聞いたことがある。今回の材料で言うと、共通して玉ねぎのグルタミン酸とマグロのイノシン酸が入っていて、翻訳版でも豚肉のイノシン酸が追加で入るが、原著版だときのこのグアニル酸が入る。つまり翻訳版が2種類のところ、原著版は3種類になって、旨味成分を多く感じているのではないだろうか。何となく。

まとめ

翻訳版も原著版もどちらも美味しかった。見た目は翻訳版の方がきれいだけれど、原著版のきのこエキスのうまさも捨てがたい。もう、全部入れちゃったらいいんじゃないかな。

そして今更だけど「シュティプラ」がどんなパンなのか知っている人がいたら、是非教えて下さい!


紆余曲折の末に「海と山のオムレツ」を作って食べた話」への2件のフィードバック

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  2. ピンバック: 続「海と山のオムレツ」を作って食べた話 シュティプラ編 | ymda blog

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