宝塚のファンをしていると、劇団からのヒントを読み解いて未来予測をするという楽しみがある。「あの役を演じた人は将来トップスターになる」とか「あの人の相手役を演じるとトップ娘役になる」など、信憑性の高いものから低いものまで様々なジンクスがあり、ファンは劇団からの発表がある度に一喜一憂する。
その中でも注目度が高いのが「宝塚カレンダーの掲載月より早く退団することはない」というジンクスだ。毎年9月頃に翌年のカレンダーが発表になると、早めの月に掲載された方のファンは「もしかして退団なさるの」と気をもみ、遅めの月に掲載された方のファンは「今年は大丈夫」と胸をなでおろす。ファン歴の浅い私としては、このジンクスはどこまで信頼性があるのかずっと気になっていた。そこで一念発起。とことん調べてみたというのが本題である。
目次
1. 調査方法
調べると決めたところで、どうやって調べるかだが、私の知る限り過去の宝塚カレンダーの掲載月を一覧できるようなデータはない。そこで、宝塚機関誌に載っている宝塚カレンダーの広告ページをひたすら確認していくという方法を取った。
宝塚が出版する雑誌には、歌劇とGRAPHの2誌があり、どちらも長い歴史を誇っている。とりあえず手持ちのバックナンバーを確認したが、私の短いファン歴ではすぐに尽きてしまう。そこでどうするかと言えば、ここだ。
国会図書館でGRAPHのバックナンバーを出してもらっては、カレンダーの広告ページを探してExcelに書き写す。GRAPHが一通り終わったら、今度は歌劇で確認。広告が何ページにあるかは目次には載らないので、ひたすらめくっていくしかなく、思いの外時間がかかった。実はこの作業は去年からやっていて、途中新型コロナウイルス感染拡大による休館時期を挟んでやっと完成した。先に公開した芸名入力用の辞書ツールは、国会図書館で素早くメモをとるための、必要に迫られた工夫である。
2誌を年代を遡りながら確認して行ったところ、1958年より古くなると広告に掲載月情報が載っていなかった。正確に言うと1955年版は掲載月情報が見つかったのだが、1956年から1958年の情報がないと最終掲載かの判断ができないため調査は1959年までとした。
次にカレンダー掲載月のデータを、データベースに登録し、各スターさんの最終掲載月を取得して一覧にした。ここは機械的にできるので楽だった。機械万歳。
そして、出来上がった最終掲載月一覧は383人あった。ここから各スターさんが何年何月に退団したのかを調べる必要がある。そこで登場するのがこれだ。
2014年の宝塚歌劇100周年記念で発行された「宝塚歌劇100年史 虹の橋 渡りつづけて」。(残念ながら当時まだ私は宝塚歌劇の魅力に気付いていなかったので、地元の図書館で借りてきた。110周年で増補改訂版を復刊してくれないだろうか。)この本には過去の全タカラジェンヌの退団日が書かれている。それをひたすら調べて、カレンダー掲載前の退団の一覧を作成した。
2. 調査結果
2.1. 新型コロナウイルス感染拡大による公演スケジュール変更について
それでは結果発表!と行きたいところだが、今年特有の事情に触れておかねばならない。2月後半のイベント自粛要請に始まり、今年前半の宝塚歌劇は公演中止が相次いだ。
カレンダーに影響があるところとして、2020年ステージカレンダーの9月に掲載されている華形ひかる様は、本来のスケジュールでは5月3日の星組東京公演千秋楽で退団予定であったが、公演が延期されて9月20日の退団となった。図らずもカレンダー通りになったわけだが、調査目的としては「カレンダーに予定が反映されているか」ということが重要なので、5月退団として計算している。
また先日、来年4月の雪組公演千秋楽の退団者が発表された。2021年ステージカレンダーの5月に掲載の彩凪翔様も退団予定となっている。こんなご時世で未来はどうなるか分からないし、在団中の方を含めるのは気が引けたが、同様の理由であくまで予定だが含めている。
2.2. 退団後掲載一覧
それではお待ちかね!結果発表だ!
最終掲載月 | 名前 | 退団(予定)月 | 差 | 最終掲載カレンダー | 備考 |
---|---|---|---|---|---|
2021年5月 | 彩凪翔 | 2021年4月(※1) | -1 | ステージ | |
2020年9月 | 華形ひかる | 2020年5月(※2) | -4 | ステージ | |
2018年11月 | 星条海斗 | 2018年6月 | -5 | ステージ | |
2014年10月 | 未涼亜希 | 2014年8月 | -2 | ステージ | |
2012年9月 | 野々すみ花 | 2012年7月 | -2 | ステージ | 宙組トップ娘役 |
2012年8月 | 青樹泉 | 2012年4月 | -4 | ステージ | |
2009年10月 | 立樹遥 | 2009年4月 | -6 | 卓上 | |
2008年11月 | 彩乃かなみ | 2008年7月 | -4 | ステージ | 月組トップ娘役 |
2005年11月 | 樹里咲穂 | 2005年9月 | -2 | 卓上 | |
2003年7月 | 伊織直加 | 2003年6月 | -1 | 卓上/ステージ | |
2003年5月 | 朝澄けい | 2003年3月 | -2 | 卓上 | |
2001年12月 | 西條三恵 | 2001年11月 | -1 | 娘役 | |
1997年7月 | 海峡ひろき | 1997年6月 | -1 | 卓上 | |
1996年7月 | 真織由季 | 1996年3月 | -4 | 卓上 | |
1995年10月 | 森奈みはる | 1995年5月 | -5 | ステージ | 花組トップ娘役 |
1993年9月 | 涼風真世 | 1993年7月 | -2 | スター | 月組トップスター |
1993年6月 | 華陽子 | 1993年5月 | -1 | 卓上 | |
1990年12月 | 友麻夏希 | 1990年7月 | -5 | 卓上 | |
1989年12月 | 瀬川佳英 | 1989年11月 | -1 | 卓上 | |
1988年11月 | 幸和希 | 1988年7月 | -4 | 卓上 | |
1988年11月 | 郷真由加 | 1988年10月 | -1 | スター | |
1988年1月 | 水原環 | 1987年12月 | -1 | 卓上 | |
1987年12月 | 三城礼 | 1987年11月 | -1 | 卓上 | |
1986年12月 | 湖条れいか | 1986年7月 | -5 | スター | 星組トップ娘役 |
1985年12月 | 旺なつき | 1985年3月 | -9 | 卓上 | |
1984年12月 | 山城はるか | 1984年11月 | -1 | スター | |
1984年9月 | 遥くらら | 1984年7月 | -2 | 卓上 | 雪組・星組トップ娘役 |
1984年8月 | 北原遙子 | 1984年4月 | -4 | 卓上 | |
1983年10月 | 寿ひずる | 1982年12月 | -10 | スター | |
1982年12月 | 東千晃 | 1982年4月 | -8 | スター | 雪組・星組トップ娘役 |
1982年11月 | 五條愛川 | 1982年7月 | -4 | 卓上 | 月組トップ娘役 |
1981年8月 | 美雪花代 | 1981年5月 | -3 | スター | 花組トップ娘役 |
1980年9月 | 葦笛るか | 1980年5月 | -4 | 卓上 | |
1979年12月 | 鳳蘭 | 1979年8月 | -4 | 卓上 | 星組トップスター |
1979年9月 | 北原千琴 | 1979年7月 | -2 | スター | 花組トップ娘役 |
1979年8月 | 玉梓真紀 | 1979年3月 | -5 | スター | |
1977年10月 | 浦路夏子 | 1977年3月 | -7 | スター | |
1977年10月 | 衣通月子 | 1977年8月 | -2 | スター | |
1976年9月 | 大滝子 | 1976年6月 | -3 | スター | 月組トップスター |
1976年表紙 | 有花みゆ紀 | 1975年11月 | -1 | スター | |
1974年10月 | 大原ますみ | 1974年6月 | -4 | スター | 雪組・星組トップ娘役 |
1973年11月 | 景千舟 | 1972年12月 | -11 | スター | |
1972年9月 | 牧美佐緒 | 1972年4月 | -5 | スター | |
1972年7月 | 亜矢ゆたか | 1972年5月 | -2 | スター | |
1971年8月 | 南原美佐保 | 1971年6月 | -2 | スター | |
1970年9月 | 富士ます美 | 1970年5月 | -4 | スター | |
1969年10月 | 千波淳 | 1969年6月 | -4 | スター | |
1969年9月 | 那賀みつる | 1969年1月 | -8 | スター | |
1967年12月 | 美和久百合 | 1967年8月 | -4 | スター | 花組トップ娘役 |
1967年10月 | 安芸ひろみ | 1967年8月 | -2 | スター | |
1967年6月 | 内重のぼる | 1967年5月 | -1 | スター | 月組トップスター |
1965年11月 | 山吹まゆみ | 1964年12月 | -11 | スター | |
1965年3月 | 都にしき | 1965年1月(※3) | -2 | スター | |
1964年12月 | 和歌鈴子 | 1964年8月 | -4 | スター | |
1964年表紙 | 浜由理子 | 1963年11月 | -1 | スター | |
1963年12月 | 末広栄 | 1963年1月 | -11 | スター | |
1962年10月 | 明石照子 | 1962年7月 | -3 | スター | 雪組トップスター |
1962年8月 | 竜城のぼる | 1961年12月 | -8 | スター | |
1961年9月 | 南城照美 | 1960年12月 | -9 | スター | |
1961年7月 | 真木弥生 | 1961年2月 | -5 | スター |
※1…在団中の方を入れるのは気が引けたが、あくまで予定として含めた
※2…実際は2020年9月退団だが、新型コロナウイルスによるスケジュール変更前の退団予定で計算した
※3…「宝塚歌劇100年史 虹の橋渡りつづけて 人物編」には退団年までしか記載がなかったが、最終出演公演から判断した
3. 考察
3.1. 退団後掲載の全体傾向
1959年から2021年の63年分で60件。年1回くらい発生している計算だが、年代による傾向を見るため、5年毎の発生件数をグラフにしてみた。
1989年以前は5年間で7回くらい発生しているところ、1990年以降は5年間で3回くらいに減っている。このあたりで、劇団方針が変わった可能性が高い。
3.2. トップスター、トップ娘役の傾向
トップスターの退団後掲載は全部で5件。1993年の涼風真世様を最後に、30年近く発生していない。これは今後もほとんど発生しないと思って良さそうである。
最終掲載月 | 名前 | 退団月 | 差 | 最終掲載カレンダー | 備考 |
---|---|---|---|---|---|
1993年9月 | 涼風真世 | 1993年7月 | -2 | スター | 月組トップスター |
1979年12月 | 鳳蘭 | 1979年8月 | -4 | 卓上 | 星組トップスター |
1976年9月 | 大滝子 | 1976年6月 | -3 | スター | 月組トップスター |
1967年6月 | 内重のぼる | 1967年5月 | -1 | スター | 月組トップスター |
1962年10月 | 明石照子 | 1962年7月 | -3 | スター | 雪組トップスター |
それではトップ娘役はどうだろうか。全11件。1995年の森奈みはる様以降はかなり減っているが、10年に1回くらい発生している。
最終掲載月 | 名前 | 退団月 | 差 | 最終掲載カレンダー | 備考 |
---|---|---|---|---|---|
2012年9月 | 野々すみ花 | 2012年7月 | -2 | ステージ | 宙組トップ娘役 |
2008年11月 | 彩乃かなみ | 2008年7月 | -4 | ステージ | 月組トップ娘役 |
1995年10月 | 森奈みはる | 1995年5月 | -5 | ステージ | 花組トップ娘役 |
1986年12月 | 湖条れいか | 1986年7月 | -5 | スター | 星組トップ娘役 |
1984年9月 | 遥くらら | 1984年7月 | -2 | 卓上 | 雪組・星組トップ娘役 |
1982年12月 | 東千晃 | 1982年4月 | -8 | スター | 雪組・星組トップ娘役 |
1982年11月 | 五條愛川 | 1982年7月 | -4 | 卓上 | 月組トップ娘役 |
1981年8月 | 美雪花代 | 1981年5月 | -3 | スター | 花組トップ娘役 |
1979年9月 | 北原千琴 | 1979年7月 | -2 | スター | 花組トップ娘役 |
1974年10月 | 大原ますみ | 1974年6月 | -4 | スター | 雪組・星組トップ娘役 |
1967年12月 | 美和久百合 | 1967年8月 | -4 | スター | 花組トップ娘役 |
3.3. カレンダー種による傾向
宝塚カレンダーには以下の4種がある。(1年通して1人のスターが掲載されるものは除く)
カレンダー種 | 詳細 |
---|---|
宝塚スターカレンダー | 一番歴史が古い。基本的にトップスター、トップ娘役、男役二番手スターが掲載される。卓上版もあるが、掲載内容は同じ。 |
宝塚卓上カレンダー | 広告を調べた限りでは1978年版からの発売と思われる。2015年以降は若手注目株が掲載されるようになった。 |
宝塚ステージカレンダー | 1995年版から発売。他のカレンダーとは異なり、舞台写真で構成されている。宝塚スターカレンダーのメンバーに加え、専科のスターや、三番手、四番手くらいのポジションまで掲載される。 |
Champ de fleurs(娘役カレンダー) | 1999年から2002年の4年間だけ発行された、娘役のみで構成されるカレンダー。 |
近年の退団後掲載は、ほとんどが宝塚ステージカレンダーである。おそらくこれは、上に書いた掲載メンバーの違いによるものだろう。スターカレンダー掲載メンバーのうち、男役二番手はトップスター候補なので退団することは少ない。トップスター、トップ娘役は退団会見等の準備があるため劇団が辞意を把握するタイミングが早い。卓上カレンダーメンバーも、若手注目株なので退団することは少ない。必然的にステージカレンダーで発生しやすくなるのだろう。
3.4 仮説
ここからはあくまで想像だが、以前の劇団は退団後にカレンダーが掲載されることについて、そこまで気にしていなかったのではないか。それが1993年に涼風真世様を大々的に送り出した翌々月、「退団後にカレンダーに掲載されるのはさびしい」ということに気が付き、以降はなるべく調整しているということはないだろうか。
ただ、トップスターの場合は自身の名を冠した退団公演を行うことが多く、かなり早い段階で劇団に辞意を伝えているので、カレンダー掲載順も調整ができるが、トップ娘役は10年に1回くらい調整がつかないことがあり、それ以外の方は2年に1回くらい調整がつかないことがあるのだろう。
私から言えることはトップスター以外のファンの方は、カレンダーの掲載順が東京公演より後だったからと言って「油断めさるな」ということである。(彩凪翔様の退団さびしいですね)
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